
【諭達を拝して】
教祖140年祭に向かうこの旬に、諭達をご発布いただき、その歩み方お示し下さいました。
そこには、「教祖の親心にお応えすべく、よふぼく一人ひとりが教祖の道具集としての自覚を高め、仕切って成人の歩みを進めることが、教祖年祭を勤める意義である」と示されています。
それは、「ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたの道より道が無いで。」とひながたを目標に教えを実践し、たすけ一条の歩みを進めることだと仰せくださいます。
そのためには、どんな中でも「水を飲めば水の味がする」とのお言葉でお示しいただきますように、常に親神様の大いなる御守護をいただいていることに感謝して通ること。そして、成ってくる姿に成人をお促し下さる親神様の思いが込められ、お計らいがあることを悟り、「ふしから目が出る」とお約束して、励まして下さっていることを信じ切って、心澄まして成人の道をひたむきに通ること。さらに、年祭を仕切ってひたすらたすけ一条に歩む中に、心は澄み、明るく陽気に救われてゆき、「人救けたらわが身救かる」との実をお見せいただけることによって、教祖ひながたこそ陽気ぐらしへと進むただ一筋の道であるとお示しくだされ、その上で、この年祭活動はひたすらひながたをたどらせていただこうと仰せくださっています。
【福祉の手余りをたすける】
さて、誠におこがましい話ではございますが、私はひながたを通る人だすけの一端として里親活動に取り組んできました。その中には、今も繋がり結婚をしてこどもを授かった子もいます。実家的存在として帰ってきてくれる子どもたちが多数いて、教会が子どもたちの拠り所となっています。
天理教里親連盟では、
「人の子を預かって育ててやるほどの大きなたすけはない」(教祖伝逸話篇86「大きなたすけ」)
との教祖のお言葉を拠り所とした信仰実践のひたむきな思いと、「人の子も我が子と同じこころもて おふしたててよこのみちのひと」と初代真柱様が詠まれたお歌を基本信条として、『「大きなたすけ」を世界へ広めよう~ ようぼく家庭が社会的養護の担い手に~』をスローガンに掲げ、24時間365日のおたすけに励んでおります。それが家庭のモデルとなり、地域の子育てサポーターの役割を担って、「家族のおたすけ」へ広めたいと活動をしております。
さて、近年虐待相談対応件数は21万件(令和4年度)を優に超え、いじめ、不登校、貧困、ヤングケアラーなど、子どもたちが暮らす環境は非常に困難な状況になっています。
現在、何らかの事情で親と暮らせない子どもが4万2千人います。そこで国は、平成 28 年に児童福祉法(法律第 63 号)の一部を改正し、「児童が家庭において健やかに養育されるよう、保護者を支援することを原則とした上で、家庭における養育が困難又は適当でない場合には、まずは養子縁組や里親等への委託を進める」と定められ、本年4月には「子どもまんなか社会」を作るために「こども家庭庁」が設置され施策も大きく舵を切ることになりました。
表統領先生は、「医者の手余りを救けるのが天理教のおたすけと言われました。今は、それに加えて社会福祉、福祉行政の手余りを救けるという役割を負うのも天理教のおたすけだと私は思っています。制度の力を十分に得ながら、教祖のひながたを頼りに、これからも子供たちのお世話取りに力を尽くしてくださることを期待します。また、超少子化が進む現代日本において、教内の里親家庭がさらに増えていくことを心から望みます」と仰っています。
【たすける中にたすかる】
私が子どもたちを信仰に基づいてお世話する上で大切にしていることは、まずは、愛情、忍耐です。
「親となれば、子供が可愛い。なんでもどうでも子供を可愛がってやってくれ。子供を憎むようではいかん。」(教祖伝逸話篇143)
とお示しくださいますように、どんな子に対しても、愛情を注ぎ根気よく育てることが大切だと思います。
そして、養育スキルを学ぶことであります。ペアレントトレーニングを受け、親のイライラ感、子どものストレスの軽減を図ることにより、落ち着いた生活、穏やかな生活が得られ、お教えくださいます陽気に暮らすことに近づいてきます。
次に受容。子どものしんどさ、大変さを受け入れ、信頼を構築することが大切です。そのためには「傾聴」。とにかく聞く。正論で話を止めないことが大切です。思いを、心を聞く。Listenではなくask (気持ちを尋ねる)が本当に聞くことなんだと思います。
そして何より寄り添う、認める、誉める、許す(安心・安全)ことです。
ある高校生に「あなたにとって大事なことは?」と聞いたことがあります。すると、「衣食住が整うこと。でも、それよりも当たり前のことを当たり前に教えてくれる、叱ってくる人がいること。自分を思ってくれる人がいればいい」と言いました。
里子にはコミュニケーションの取れない子が多いです。言い方をいろいろ考えてその作業をしますが、関係性ができないと話してくれません。時には何か月、いや、何年もかかることがあります。
「分からん子供が分からんのやない。親の教えが届かんのや。親の教えが、隅々まで届いたなら、子供の成人が分かるであろう」(教祖伝逸話篇196 「子供の成人」)
と心して努力を重ねます。
あとは「捨てへんよ」という覚悟です。日常の中ではいろいろなことが起こりますし、もう無理かもと思うこともあります。そんな時、教祖ならどうなさるだろうと考えます。
子どものおたすけである里親は、実は私がたすけていただいていると実感します。「人をたすけたら我が身がたすかる」また、おかきさげにもお示しくださる「人を救ける心は真の誠一つの理で、救ける理が救かるという。」であります。
子どものないところをお与えいただいて、御恩報じの心で里親をさせていただく中に、たすけをいただき、ご守護をいただいて本当にありがたいことであります。 ご清聴ありがとうございました

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