立教187年3月 大教会祭典講話 二宮道一役員

「8時だよ!全員テンポイント」

■親一条の信仰

 今年の大江婦人会委員部長講習会で、本理仁分教会初代会長杉田由紀子先生の講話の録音を拝聴されました。全く天理教を知らなかった杉田先生が、東京の公園で布教師の女性と出会い、信仰に引き寄せられ、ご主人に内緒で信仰を始めます。天理教に大反対だったご主人も身上をきっかけに信仰を始め、教会の親会長様のひと言から、布教師を志して会社を辞め、修養科を終えて二代会長になっています。

 杉田先生は、親の言うことを「はい」と受けて通られ、親の御徳のお陰と仰います。全くの未信者であり、宗教を毛嫌いしていたご主人まで道一条を志して布教師になるという、導いた親も偉いのですが、信じて素直について行ったこの方々は大したものです。

 親一条の信念をもって、元一日を忘れずに報恩の心でにをいがけを続けることが、杉田先生の信仰の角目ではないでしょうか。

 私達は断られても嫌がられても誤解されても、あきらめずに声を掛け、にをいをかけ続けなければなりません。世の中には、教祖の教えを知らず、身上で悩み、事情で苦しみ、生かされていることに全く気づいていない人が大勢おられます。只今の年祭の旬こそ、たすけ一条の歩みを活発に推し進める時なのです。

 私たちようぼくは、教祖の教えを世の中の人よりも早く親々の代から聞かせていただき、知っています。しかし、それを伝える努力をどれだけしているでしょうか。皆誰しも信仰の元一日がありますが、代を重ねるうちに忘れられたり、子供に伝えなかったりして、なんでうちは天理教なんだろう、親が勝手にしているから我々子供は関係ないと、どんどん信仰から離れていく姿を多く見聞きします。ようぼくの子供が全員信仰をすれば、末広がりに伸びていくはずなのです。

■眼の身上を通して

 私事ですが、先月2月5日の朝、急に寒気と吐き気を催して起きていられなくなりました。どうも左眼の視野が欠けているようです。眼科を受診すると、眼圧も視野検査も大きな異常は無く安心しました。

 実は数年前に、左目を緑内障と診断されました。緑内障は、徐々に視野が狭くなり、いずれ失明する可能性があるので、予防のため目薬をずっとさしております。今回は、その緑内障の症状が進んで失明に一歩近づいたのではないか、と大きな不安を覚えました。しかしそれほど視野が欠けておらず、大難を小難にしていただいた事を喜ばせていただきました。

 私は、先天性白内障という眼の身上で生まれまして、0.1以下の視力でしたが、15歳で初めて手術が出来て、眼鏡をかければ0.8の視力になりました。しかし高校生の頃は、分厚いガラスのメガネのせいで、「牛乳瓶の底」とからかわれ、このメガネさえなければ良いのに、と手術する前までのことを忘れ、気ままを言っておりました。

 ところがある時、全く眼の不自由な方のお世話をして、手をひいておぢばがえりをする事がありました。その時、私はもしかしたら、この方のように、人に手を引いて貰って一生通らなければならない運命なのかも知れない、と気付いたのです。そう思うと、分厚いメガネを掛けていても涙が出る程見えることに喜べたのです。私はその時の感激、感謝をまた忘れかけておりました。今回の緑内障の身上は、私の元一日の信仰を忘れてはいないかと知らせてくださいました。そして、いんねんを自覚して、不足をせずに成ってくる姿をたんのうして、ご恩報じのにをいがけ、おたすけに、ひのきしんに歩むよう教えてくださったと思います。

  みかぐらうたに、

 むごいことばをだしたるも はやくたすけをいそぐから

十下り目六つ

とあります。このむごい言葉とは何を意味するのでしょうか。人間の側から見たむごい出来事、辛い出来事だと思います。身上や事情、地震などの災害、身内の出直しなど、辛いなあ、しんどいなあと思われることは、むごいかも知れないが、早く救けを急ぐから、と仰せられます。

  また、

 みのうちのなやむ事をばしやんして 神にもたれる心しやんせ  五号10

  やむほどつらいことハない わしもこれからひのきしん  三下り目八つ

とあるように、身上や事情の悩みを通して、私たちはかしものかりもののご恩に改めて気づき、いんねんを悟り、神様にもたれる心が生まれます。そして、ご恩がわかっていんねんを悟れば、心を定めて前に進めば良いのです。そうすれば今の境遇を悲観することなく、感謝のひのきしんであるにをいがけやおたすけに力が入ります。にをいがけおたすけは、言われたからとか使命感だけでは出来ませんし、続くものではありません。

 先ほどお話しました杉田先生も、おたすけに励まれる中に、貧血の身上をいつしか救けていただき、400ミリの献血が出来るまでになられました。まさに奇跡ですが、親神様の前には奇跡ではなく、親神様の自由のお働きそのものなのです。珍しいたすけです。みかぐらうたに、 

 いつもわらはれそしられて めづらしたすけをするほどに 三下り目五つ

とあり、

ひとがなにごといはうとも かみがみているきをしずめ

四下り目一つ

とあります。お道を通る道中には、人からの嘲笑や反対攻撃があるかも知れないけど、そこで苦労した分、ちゃんと教祖が守ってくださいます。また、教祖はその道中を何度も何度もお通りくださっています。

■Tenポイントをためよう

 さて、大教会における年祭活動の取り組みとして、諭達第四号の精神を日々実践するために、「よろこびTenポイント活動」の推進を促されています。私は、毎日午後8時にアラームをセットして、Tenポイントをするようにしています。ドリフターズの「8時だよ!全員集合」にちなんで「8時だよ!全員テンポイント」を提唱したいと思います。家事や、育児、介護、或いは仕事でその時間に手が離せない方もあると思います。その方は、9時でも10時でも良いと思います。スマホでも紙でも結構ですので、忘れないように、共に心の掃除に励ませていただきましょう。最後までご静聴くださり、ありがとうございました。 

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