立教187年6月 大教会祭典講話 准役員 寺西 紀

「先を楽しみに子ども達へひのきしんの態度を映そう

【子ども達をおぢばへ】

 先月、ご本部に於いて「鼓笛活動70年のつどい」が催されました。

 コロナ禍により、多くの鼓笛バンドが活動を休止、または解散を余儀なくされる中で、大江団めぐみこてきばんどは本年再結成40周年を迎え、今年は8月2日にお供え演奏に出演。翌3日には5年振りとなるオンパレードに出演いたします。新しい顔も増え、大変楽しみにしております。まだまだ隊員募集中です。皆さまにも大きなお力添えを賜りますようお願い申し上げます。

 今年のこどもおぢばがえりは、7月27日から8月4日までの9日間となります。昨年も素晴らしい内容でありましたが、さらにお楽しみ行事は多くなり、コロナ禍以前に劣らない催しが目白押しです。

大江団でも、詰所駐車場での「ナイトプール」はスケールアップを目指し、また「シアター&キッズルーム」「カフェ&サロン」も用意しております。どうぞご利用頂きたいと思います。

【自分にできる年祭活動を】

 教祖140年祭へ向かう年祭活動もちょうど折り返しを迎える時となりました。

 10年前の年祭活動として始めました神名流しは現在も続けており、ありがたくも12年目を迎えております。

 前回の年祭活動3年目には、こどもおぢばがえりの帰参70名を目標につとめたことを今でも鮮明に覚えています。帰参予定の前日まで69名。あと1人、誰かいないかと思っていたところ、参加予定であった子の母親から子どもが交通事故にあって足を骨折したとの電話がありました。幸い足以外のケガもないとの事。よかったと安心はしたのですが、これで人数が1人減る事になりました。

 もう無理かと思いましたが、その子が待ちに待ったこどもおぢばがえり。どうしても参加したいと言い張るのです。無理だと説得するのですが、本人も友達を誘っていて、本当に楽しみにしていた事は親御さんもよくよく知っていましたので、急遽その子のお父さんが会社を3日間休んで付き添いをして下さる事になったのです。奇しくも当日は目標の70名でおぢばへ帰る事ができました。

 マイクロバス3台での帰参でしたので、どうしても運転手が1人足りないと思っていましたら、妹の旦那さんが実費で教習所に通い当日までに免許を取って、会社を休んで参加してくれた事も大変うれしかった思い出です。

 それからも教会おとまり会は続けておりましたが、コロナ禍で開催できなくなってしまいました。子ども達の成長は早く、3年間しなければ小学6年生だった子は中学3年生。一度遠のくと再び近づいてもらうのは本当に大変な事であります。

 再開は本当に気持ちを奮起しないとできません。私も妻もその間に年を取っておりますので精神的にも体力的にも再開に躊躇してしまいます。

 ですが「この旬に再開しないといつできるのか。今日が一番若いのだ」と夫婦で話し合い、今月第20回目の教会おとまり会を開催したのです。以前は30人、40人であったのが今回は7人。里子5人と甥2人が参加してくれました。20回目にして最小人数でした。

 しかし第1回目も我が子と姪達のみで始まり、だんだんと増えていった。0と1とは違います。ここからどんな姿になっていくのかと大変楽しみにしております。

 諭達第4号に、「教祖の親心にお応えすべく、よふぼく一人ひとりが教祖の道具衆としての自覚を高め、仕切って成人の歩みを進めることが、教祖年祭を勤める意義である」とございます。

 道具衆と言えば仰々しく感じるかもしれませんが、要は道を知る我々であるという事だと思います。陽気ぐらしを目標に日々を暮らす我々ということです。おつとめを勤める、教理を深める、おさづけを取り次ぐ、にをいがけする。そういう事を改めて自分自身に思い起こす事が「自覚を高める」ということです。

 その自覚の元にようぼくとして、この年祭活動に、自身ができることは何かを考えていくことが大切であります。

【ひのきしんの態度を子ども達へ】

 立教173年の秋季大祭において真柱様は、「私たちは、まだまだ十分にご守護をご守護として感じ、味わえていないのではないかと思うのであります。(中略)常日ごろからひのきしんに努めるなかに、自ずと勇み心が湧き、お道の人らしい、良きにをいが身についてくるのだと思います。」とお話し下さいました。

 私たちは、当たり前のように与えて頂く十全の御守護を、当たり前に受け取って日々の生活が成り立っています。親なればこそ、与えは無限にくださるのだと感じますが、そこに甘んじていては、知らないのと同じだと思うのです。

互いにたすけあって、無限に与わるご守護の万分の一でも御礼を申し上げる。その姿がひのきしんとなり、にをいがけとなって多くの人のたすかりへと繋がっていくのだと思います。

 さらに真柱様は、今年の少年会年頭幹部会で、「親神様から頂戴するご守護と教祖のお導きに対する報恩の心で、子ども達の育成の上に取り組むことは、知らず知らずのうちにも、子ども達の心に、信仰の喜びの種を蒔くことになるでしょう。そうしたみなさんの姿を、親神様は真実とお受け取り下さって、より勇んでお働き下さり、子ども達の心の中に、親神様への感謝の心が育ち根付くご守護を頂けることになるのではないかと思うのであります」とお示しくださいました。

 次女が中学生の時に「ありがとうは魔法の言葉」と教えてくれた事を思い出します。

 ちょっとした事でも親切に接してもらえば嬉しさが生まれ、「ありがとう」と口に出して伝える事で、親切にしたほうは「して良かった」と喜び、さらに親切をお返ししたくなりって喜びの連鎖につながる。

  ひとことはなしハひのきしん にほひばかりをかけておく(7下り目1)

  ふうふそろうてひのきしん これがだいいちものだねや(11下り目2)

  よくをわすれてひのきしん これがだいいちこえとなる(11下り目4)

 ひのきしんは信仰姿勢の全てにつながると感じます。

 親神様のご守護が一瞬たりとも途切れることがないことを思うと、私たちの感謝とひのきしんも、日々のものでなければならないと思うのです。

 そういった心持ちで毎日を送る中に、子ども達を始め、周りの方々へも伝わっていく先の楽しみとなるのではとも思うのであります。

 教祖140年祭は約1年半後に迎えます。

 諭達に「教祖お一人から始まったこの道を、先人はひながたを心の頼りとして懸命に通り、私たちへとつないで下さった。その信仰を受け継ぎ、親から子、子から孫へと引き継いでいく一歩一歩の積み重ねが、末代へと続く道となる」とお諭しくださいます事を肝に銘じ、大江大教会に繋がる皆さまと共々に、先楽しみに、陽気に一手一つに励まし合って、身近にできる日々の感謝の気持ちを実践するひのきしんの態度で年祭活動を歩ませていただければと思います。

 さらには間近に迫ったこどもおぢばがえりには、先楽しみの心を持っておぢばへとご丹誠の程よろしくお願い申しげます。 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする